いま、ここに居ます。3

キンドルで近日活動予定中です。カクヨムとpixivとなろうに過去が置いてあります。

読書離れとかそういう問題じゃないのかも知れない

 KDPやってみようかなと思ったのもそうだけど、作家志望だと売れ筋とか市場傾向は気になるんで関連の記事には自然と目が向く。それで気付いたこともあるし、考えすぎかも知れないんだけど、売れ行きが落ちているのは小説や漫画ばかりじゃないような気がしてきた。

 テレビの視聴率も全方面で落ちているし、雑誌はもとよりネットの巨大SNSですら利用が落ちているという感じがする。

 加えて、世の中は節約ブームだとか。日銀が打ち出したゼロ金利の影響で節約ムードが高まり、あらゆる方面で買い控えが起きているのだそうだ。

 

 それだけなんだろうか? そう思う。その割に、相変わらずソシャゲ界隈だけは盛況で、いや盛況を通り越して消費金額はどんどん上がっている気がする。

 ソシャゲはパチンコなどの中毒性を有する娯楽で、惰性でいくらでもダラダラと続けてしまう性質を持っている。ネット依存という言葉が生まれ、色々と見当違いの指摘がなされていたが、今、私はソシャゲにこそ依存を疑ってしまっている。

 しかも、ソシャゲはそこからのメディアミックス的な展開が為されないのが問題なのではないかとも感じる。他のメディアからソシャゲへの誘導は為されても、ソシャゲから他へは無い。一方通行で、しかも吸引性が高い。

 一時のラノベブームを沈静化させてしまったのはソシャゲの登場だと思っているし、これに対抗する事がラノベ界隈だけでなく、出版界隈全体の課題だろうと睨んで色々と考えてきたけど。

 ソシャゲに奪われたシェアを奪還するには、どういう方策を採っていくべきか?

 わかんない。

 

 ソシャゲは、プレイヤーを囲い込んでしまう性質が高い。実際に幾つものソシャゲを経験してきたから言うのだが、時間的に拘束し、余暇をこれ一つに絞らせ、他のネット検索をさせない仕組みが確立されている。例え無課金主義を標榜しているプレイヤーであっても、時間だけはジャブジャブと使わせるのだ。

 実際、やっていることは作業だ。その動作そのものは面白くもなんともないが、脳の報酬系を刺激されているから、面白くないことが後の期待感に摩り替えられる。

 これって、パブロフの犬だ。

 さらに思うのは、ソシャゲに嵌まってると思考が低下するような気がしてならないってことだ。どんどん単純思考になっていってて、小説を書こうとなった時に「あれ?」と思ってしまう。

 止めたほうがいいなと恐怖感をもってヒシヒシと感じ入っているのに、惰性が勝る。

 断舎利出来ない人間に、これは辛い状況だわ。

 

 後の期待感で作業ゲーが成り立つってのは、ソシャゲ以前のゲーム全般でそうだったけども、コンシューマ機が振るわなくなったのもソシャゲにシェアを奪われたからで、ここはソシャゲがプレイヤーの自己満足を外へ発信することで、コンシューマとの差別化に成功したからだったわけで、他人との比較ってのを入れ込んできたからだった。

 これが、他のあらゆる個人だけで楽しむメディアにも影響を与えたと思う。

 テレビとか小説を読んでも、自分で発信しない限り、他人には知られないし自慢も出来ないわけで。承認欲求を突いている分、個人に終始するメディアには対抗するのが辛いかなぁと思う。

 小説界隈でも、書き手の方は振るっているけど、読み手は底冷え状態だものね。